アヤックスのファンサイト化している「FCズラタン」。 けれど、国内サッカーにも目を向けましょう。 11年目を迎えるJリーグが開幕。 管理人が応援する湘南ベルマーレを追います。
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チームの歴史
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| 躍動 | 湘南ベルマーレの母体は日本リーグの名門フジタ。 しかし、世代交代の途中にあったチームはJリーグ初年度の10チームに名を連ねることができなかった。 その不満をぶつけるように、フジタは圧倒的な実力を見せ、J昇格を果たした。 その主軸となったのは名塚、岩本、名良橋、野口といった若手選手だった。 J参入最初のシーズン、前期こそ完膚なきまでに叩きのめされたものの、 後期はその奔放なサッカーが「湘南の暴れん坊」として全開。 ステージ2位という成績を収めた。 ドリブラーのベッチーニョを中心とした攻撃はスペクタクルに溢れていた。 勢いに乗って、天皇杯決勝でセレッソ大阪を下し、初タイトルを獲得した。 しかし、調子の波が激しく、取りこぼしが多いのは湘南の伝統として根付き始めていた。 |
| 英雄 | 攻撃的サッカーで注目を集めるベルマーレにひとりのルーキーが加入した。 サッカーセンスのかたまりのような若者は一気にチームの中心となった。 この青年が、日本サッカー界の地図を大きく塗り替えた中田英寿。 成績は激しく浮き沈みを繰り返したが、 チームは彼に牽引されるように、魅力的な攻撃サッカーを展開した。 ロペスやホンミョンボといったタレントを加えたベルマーレだったが、 中田をペルージャに放出するとともに推進力を失い、 先の見えない濁流の中に迷い込むことになる。 |
| 暗黒 | 財政危機はチームに深刻な陰を与え、主力選手をことごとく放出する憂き目にあった。 チームはその存続さえも危ぶまれ、消滅の危機を迎えていた。 そのチームに残されたのはユース上がりの若者たち。 降格・消滅のプレッシャーに苦しむ選手の中には 連日夜になると嘔吐を繰り返し、眠れぬ夜を過ごす者もいた。 学徒動員同然のチームがJ1を戦いぬけるわけがなかった。 チームは降格が決定。 かろうじてチームは消滅を免れたものの、すでに壊滅状態だった。 J1昇格を目指し改革を目指すものの、 戦力に乏しいチームの成績は中位を行ったり来たり。 |
| 希望 | 2003年、依然として絶望的な財政危機に苦しむ湘南ベルマーレは、NPOとして生まれ変わった。 チーム運営の大部分をボランティアに頼り、その門戸を開いた。 総合的スポーツクラブを目指し、ベルマーレスポーツクラブを設立。 トライアスロン、ビーチバレーなど、湘南地域のスポーツ文化発展に貢献している。 昨季後半に見せた健闘に、クラブは昇格を見据えて大量補強。 悲願のJ1昇格に向けて、大きな一歩を踏み出した。 |